Kobayashi Kotaro

 

小林小太郎「未来の詩人」

 

俺たちがやろうとしているのは、童話、なのかもしれない。童謡…。

詩の個展 やまぎり萌

告知「やまぎり萌」詩の個展

 
2011年秋から冬にかけて、やまぎり萌の詩集を作った。2冊同時発売。「遠くても」と「忘れないうちに」。この年3.11があった。僕も震災写真をおよそ三千枚撮った。東北と三重を入ったり来たりしながらこの本を編集した。おのれの感性に自信を深めながら目前の道行きが揺らいでいる、そんな感じの中にいたとおもう。223月下旬、十年ぶりに再会した。おたがい生きているのが不思議そうな、そんな顔つきをしていたとおもう。会話は詩の話が中心だった。死ぬ前にもう一冊出す?そう切り出すと少しうれしそうな顔をしたようにおもえた。詩を立体にするよ、そう言葉で伝え、映像・音楽・箱・そして当然紙の束、会話の即興でポイントだけ話し、彼女は「わかった。十年分の詩を整理しておく」と応えた。ただそれだけ。

「やまぎり萌 詩の個展」始動

 
HP上で、2冊の詩集から時々詩をchoiceしながら、掲載し、新詩集の進行具合をお知らせしていく、そんな感じ。10年間の中からも選び、きのう書いた詩も即興的に扱ったり。朗読、詩作曲、映像(イメージ)、そしてパッケージ。ここらあたりまでは楽しめそうかな。そして詩の個展と。小太郎庵全体を使っての詩の個展になるんじゃないかなあと。建物の内と外全部を使います。

パキラの孤独

 
パキラを渇いた心に埋めた
そして水をのむ 酒をのむ 薬をのむ
荒れ果てた気管支を通り
青々とした葉脈に辿りつくはずだ
忘れられたガラスの靴は
いつのまにかプラスチックに変貌し
人工芝生の中でぽつねんと誰かを待っている
そんなにも 安全な世界が欲しいのか
擦り切れた肉体をひきずり
ぼきぼきの骨を動かし 路上に這いつくばる
老猫のように
これが現実 しかし 私は目を伏せて歩く
心に埋めたパキラが 少し酔っぱらい
掌の形をしたパキラの葉が 私の心を揺すり
ふるさとのメキシコに帰りたいという
孤独とは 自分ひとりの世界なのだ
その貴重な時間を無駄にはしない
パキラはそうかとうなずいた
そうだとわたしもうなずいた
 
 
 

車中にて

 

電車の中で 
流れていく風景に
身を委ねる独りの時間
 
駅に停まるたびに その街の匂いがして
乗り降りする女や男たちが
容赦なく私の前を遮(さえぎ)る  
 
いきいきした 女子高生の群れ
疲れた足どりで 酒の臭いを運ぶ中高年 
指先だけが軽快に動く 荒んだ背中
 
詰め寄った座席に
ひとりひとりの人生が擦れあい
別れていく 無表情な人たち
 
無機質な入れ物の中で
車椅子の女に逢い 
戸惑いを感じる人々に
私はどんな表情をして
その視線を受け流していくのだろうか
 
すれ違う光の端っこに
硝子窓の私の貌(かお)を見つける
 
 

真夜中のクリエーター

 
小さな獏(ばく)を私は頭の中で飼っていた
無数の光を変化させ 逃げる大きな獏に
「夢を返して」
と髪を振り乱し 土を蹴散らし 
叫びながら追いかけていた
途中の公園に 獏に似たマリオネットが
赤い糸に絡まり 斜めにたおれていた
 
あたしはマリオネットの獏 
公園の青いテントで 木目のステージに立っている
自分がマリオネットだって気づいたのは
あたしの手足に巻きついた透明な糸を
見知らぬ人が操っていたの
天上を仰ぐと その人にも糸がついてたわ
空の中から順々に人が繋がっていたの
 
いつからか あたしがマリオネット
街から街へ 何も知らないふりをして
夢のトランクにしまわれるあたしは
いったい誰の…マリオネット?

 

無口な一日

 

こつこつと指をうごかす
こつこつと骨がうごく
こつこつと心をたたく 心の中の石が少し揺れた
 
私は一日にありがとうの言葉を何回も口にする
暮らしの中で係るすべての人に ありがとうと言ってきた
新鮮だった感謝の言葉が たんなる挨拶の記号に変わっていく
それに気づいた時から しんどさが石になって
心に溜まりだした 
その石は 赤い血液に溶け込み 
しだいに青黒い血管となって 左右の指さきに溜まる
 
左手の親指を舐めてみたら潮風の味がした
その爪の上に蒼い魚の絵を描いてやった
人差指に赤 中指は緑 薬指に茶色 小指は黒 
味は切なく
 
そしたら右手が鳥の絵を描けといってきた
私はうなずき 同じ色合いで 
鳥を描いてやった
 
コツコツ指を動かす ゆらゆら魚が揺れる
コツコツ指を動かす 鳥が羽搏(はばた)く
こつこつと叩いた石が 小さくなった