Kobayashi Kotaro

 

小林小太郎「未来の詩人」

 

俺たちがやろうとしているのは、童話、なのかもしれない。童謡…。
業界のうそ臭い本づくりと
塵芥と脂にまみれた音楽づくりに失神しそうになりながら
深く深く、深ぁーく、煮凝りのようにお椀の底で沈殿していたのね、僕。
冬眠というのじゃなしに進んで冷凍してた感じかな。
筋肉と神経系統は凍結してしまったけど、ハラワタはびんびんですね。
千日ほどかけて腑の中を色々バラしていくけど、どうか辛抱強くおつきあいくださいませ。草々

 おれがいままでなにをやってきたかってことには原則関心がない。忘れていることのほうが多いとおもうし、思い出してもいまのじぶんの心情にあわせてえらそうに言ってるだけなので、見苦しい。老人どもとしゃべってるとホントヤになるよ。耄碌(もうろくと読むが)したらもう一線では働けないのだ。人間は大概ぼける。呆けるとも書く。惚けるとも書く。ボケてこの人間界でいままで通りにはたちいかない。動物のようにふと消え去ったり墓場を目指して彷徨するがよいのだ。そうはさせない制度をなぜか作っちゃった人間は。それが文化だとかいってね。それを退化というんだけどな。知恵だと。馬鹿に権力をあたえちゃならねえわけですよ。
 
 昔は翁といったのだが。おそらく全身全霊が翁だった長老が必ずその共同体には存在した。たぶん少数民族として。原則はローカル。だからグローバルという言語は虚妄である。ということ。産まれてきたこと、生きていることの意味、もっと言えばいま俺たちはどこに立っているのかどこを生きているのか、なにをしようというのか。ボーッとメシ食ってんじゃねーちゅうかね。全力で食えってかね、懸命にてかね。欲望だけで知性や文化だけで生きてるわけでなしね。
 
 食は薬なりって言葉がすきだよ。味けねえ言葉かもしれんが。これ言ってたのは92歳の美容師だった。
 
 豪快に生きてくれ。身を挺して。利他なんて言葉を借用しないで。暴走暴発してほしい。熱く厚く篤くあつく。五臓六腑全身全霊で。はらわたで分かち合おう、俺たち。ケツの穴から手を突っ込め。喉仏をかち割ってさ。直道(導)も書いてるが、ウンコにまみれてこそ人生が開かれる。拓く。ウンコは捨てちゃならない。水に流しちゃならない。ウンコは使えるやつなのだ。よくぞ気づいたチョクドー。ウンコこそ人間の資産である。全身全霊うんこ。以上きょうの人生訓、じゃなく人間存在論でした。2022531日。


奇文症-22.8.16-2
 
嫌なことは忘れればいい。忘れるという人体の構造になっているのは、造化の妙というより、生きている間の人間の知恵だね。人間のすぐれた能力のひとつだよ。忘れっぽいとボヤく人がいるけど、とんでもないね。忘れることで頭の中はちょうどいいぐあいに片づけられるからね。
忘れるには血のめぐりをよくして、血液の循環をよくすることだね。下水がつまったときは、うんと水を流すのと、人間の身体のしくみも同じだね。うんとめしを喰って、うんと排泄するといい。
とにかく嫌なことは忘れて、楽しい瞬間をなるべく多く作ることだね。そのために稼いだり、乗り物に乗って移動したりするんだから。稼ぐのはめんどうだけど、楽しい時間を作るための仕度だからね。とにかく、生きているうちは暇つぶしがいい。ギターを弾いたり野菜を作ったりするのも暇つぶしだね。
人生とは、何をしに生まれてきたのかなんてわからなくていい。三千年前に悟りを開いたお釈迦様は、“それは、わからない”と悟ったから悟りを開いたんだね。
此の世は動いている。日や月が動いているのだから人の生も死も人の心の移り変わりも動いている。人間も芋虫もその動きの中に生まれてきて死んでいくということだね。
まあ、暇をつぶしながら、死ぬまではボーッと生きている。それがオレの人生の道、世渡り術というものだよ。
(「生きているのはひまつぶし」深沢七郎)


奇文症-22.8.16
 
老人は家の守り神
(静岡県袋井市。「老人力」赤瀬川原平より)

 

割り込みChoKuDo 2022.8.16
 
「人間は負けるように造られてはいないんだ」
(老人と海 ヘミングウェイ 訳 福田恆存)
 
 猛暑日だった夜、ボーッとした頭で考えごとをしていた。面倒くさいのでその気は全くないのだが、もし、もう一度ライブハウスをやるとしたなら、どんな店名にするだろうか。喫茶店やバーでもいい(これもまたやる気はないが)。
 ただ、もしかしたら、年寄りが集う場は作りたくなるかもしれない。そこで、思いついたのが、店名「老人と海」。
 海と深い関りを持って暮らしてきたことはないが、いくつかの選択を繰り返して今に至っている中、選択が異なっていれば、海から数百メートルの所で生活していたかもしれなかった。暮らしてこなかったが故に言えることだが、夏の海のあの生活臭、嫌いではない。
The Old Man And The Sea
 そうそう、今年はミョウガが不作です。


奇文症-22.8.14
 
『雨ニモマケズ手帳』ってのがあるようだ。最終ページをみると(写真参照)詩は「・・・そういうものにわたしはなりたい」で終わるのだがそれにつづいて、「南無妙法蓮華経」となる。
 
南無無辺菩薩
南無上行菩薩
南無多賽如来
南無妙法蓮華経
南無籍迦牟尼佛
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩
 
どうやらこれが最終頁で、ぼくらが知ってる「雨ニモマケズ」は、法華経のイントロつまり序文・序章ということになる。角川文庫の宮沢賢治詩集(中村稔編)をみてもこのことには触れていない。タイトルも「手帖より」となっている。「賢治がこれを詩とよぶつもりであったかどうか疑わしい」と記している。法華経とセットでたのしむべきもの、なのだきっと。『法華経三部作』があるはずなのだが、見当たらないのでここまでにしておく。それにしても宗教の力恐るべし。

 
 
 
 
 

奇文症-22.8.2
 
ちなみに沢木光太郎は沢木耕太郎。
 
やはり「対話」なんだとおもう。ひとりで語ったり話したりという精神状態もありうるだろうが(独語症とか)、それだって聞いてくれる相手を想定してるんじゃないのか、無意識にしても。ヒントはやはり歌謡にあると。ひとがいない場面、自然現象の中に放り出されたときのナチュラルな自己表出に、ウタの原点を感じるのだが。対話と孤絶、そこに人間のなぜに生きるかのテーマを感ずる。
日本語の話し言葉が、書き言葉に転じるのは随分遅かったらしい。カタカナから始まるってのも面白い。おしゃべり民族だった?
 
 
 
雨にも風にも負けないでね
暑さや寒さに勝ち続けて
一日少しのパンとミルクだけで
茅葺き屋根まで届く電波を受けながら暮らせるかい
キミの言葉は誰にもわかんない
キミの願いもわかんない
 
てな歌だった。朧気だけど


奇文症ー22.7.29
 
3時前に目覚める。昨今自分の周りで面白いことがなんも起こらないのできっとそのせい。だとおもう。最近早く起きるのは。
23日のライブが終わって一週間経ってようやく昨日あたりから心身の体調?が戻りつつというか多少は回復しだしたという感じ。昨夜声らしい声が出始めたとおもう。ということは23日はどんな声だったのだろう。音録りしてないが。
 
21日(8月)に#9(郡山・駅前)からライブのお誘い。軽く「OK」って応えたけど、実は気が重い。体が重い。心身の体調がすっきりしてないのもあるけど、自作の曲も含め扱う曲がすっきりしてないんだろうな。太古の獣のような声と曲を掘り起こします。でも細胞とDNAを総入れ替えしないと無理だろうな。
 
じぶんで作ったメシの写真撮ってるけどつまらんね。面白いのは、旨そうに作れたときは写真撮るの忘れるってことです。どーしてもそうなる。食い意地がはってる証拠。食いたくなるものを作れば元気になるかも。カラダを戻さねば。撮影忘れてでも。
 
キーボードで原稿書いてるとくだらないことでも書き続けてしまう。キーを打ってしまう。滑らかさに負けてしまうのだ。昔のように一度紙に書いて添削推敲してその後キーボードで打つというのが本来の姿。わかってるんだけどね。まあもう後もどりできないとおもうけどね。


割り込みChoKuDo 2022.7.29
 
以下、「編集の提案(津野海太郎/宮田文久=編)」より。
 
テープおこしの宇宙(初出1985年)
 
 ある晩、「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」の続きを教えてほしいと、井上陽水が沢木幸太郎のところに電話をかけてきたらしい。沢木は急いで近所の本屋に行き、宮沢賢治の詩集を買い、それを電話口で読み上げたとのこと。陽水は「あ、そこんとこ、いいイメージだね」などと合の手を入れながら聴いていたそうだ。そして、その耳で聞いた詩句だけをもとに、「雨ニモマケズ」をひとひねりした歌を作り上げ、後日、沢木はそれをラジオで聞いた。いい歌だったとのこと。
 著者は、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」が文字で読むよりも聞くのに適した、一度聞いただけでそのおおよそを記憶できてしまうような性質の作品であったと気づいた、つまり、「雨ニモマケズ」は、個人の詩であるよりも、むしろ新しいお経なのである、と書いている。
 あるいは、こんなことも。
「いま私たちは編集という概念を、主として複数の文字原稿を組みあわせて本や雑誌をつくる作業として理解している。しかし、もとはといえば、編集とは話しことばを書きことばに組みかえる作業の意味だった」
 と。他にも、テープこしについて述べている。小タイトルが「テープおこしの宇宙」。まだ冒頭50頁ほどしか読んでいないので、まずはここまで。


奇文症ー22.7.24
 
 男が自分で料理を作ると家庭生活はアブナイ。妻がいなくても生活できるからである。料理癖は、家庭人としての夫が自立するシグナルなのである。壇一雄は言う。
「そうして、女性は、日ごとに娼婦化し、日ごとに労働者化してしまうがよろしいだろう」
 この言葉は『わが百味真髄』の前書きであるが、料理本の巻頭の言葉としてはトゲがある。料理本を読むのは女性も多い。その読者へむけて、こう言い放つ気分には、母不在であった過去へのひらきなおりがチラリとかいま見える。料理好きは母不在というマイナス面が逆転したものであると本人が言うのだから、ふとした瞬間にその気分が噴出する。
(『文人悪食』壇一雄─百味真髄』嵐山光三郎)
 
奇文症ー22.7.24-2
 
 船引町美山での蓮前ライブ終了。去年に引き続き2回目。猛暑でダメージが…。カラダはそんな感じだった。2バンド+ソロ+デュオ。んな感じで2時間半。みなさんに花もたせて無事終了。演奏より毒の足らないMCの場面が多かった一日がすんなりすぎていきました。熱中症の後遺症か右手人差し指がツッテへんてこギターになりかかったが、なんとか持ち直す。秋の気配がするまでライブは自粛だな。


割り込みChoKuDo 2022.7.13 
生き残った言葉(歌詞)を信用する
 
言葉に呪縛されているーー。
言葉を信頼しすぎているということだろうか。
だったら、歌を歌おう。
言葉が肉付けされ、立体化する。
そして、風が吹く。
「彼、唄上手いですね!」
それも、その結果のひとつであれば嬉しい。
歌うことで言葉を選別し、言葉が淘汰される。
あるいは、審判を仰ぐ。
生き残った言葉(歌詞)を信用することで、呪縛から逃れることを試みる。
 
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老人と海 2022(原題、なんだっけ?)
 
もうひとつの 夜明けが待っている
昔の言葉が忘れられなくて
ここまで来れば 風になれると 古の人から聞いてきた
 
さよならバイバイ 明日も晴れるだろうさ
変わらないのは 絵描きと子供たち
ひとり静かに 暮らせることだけ 願ってたもんよ
 
さあ ひとつの夜明けが待っている それでも ひとつの夜明けが待っている
さあ 海に向かって笑ってろよ さあ 海に向かって地下堀でもしてろよ
それでも ひとつの夜明けが待っている
 
無用な仕事に就けるといいね 無駄な飯食いになれるといいね
無理を承知で生きてくれ 生きてくれ
さよならバイバイ 明日も晴れるだろうさ
変わらないのは 絵描きと子供たち
無理を承知で生きてくれ 生きてくれ 生きてくれ
 
さあ ひとつの夜明けが待っている それでも ひとつの夜明けが待っている
さあ 海に向かって笑ってろよ さあ 海に向かって地下堀でもしてろよ
それでも ひとつの夜明けが待っている
 
さあ 海に向かって笑ってろよ さあ 海に向かって地下堀でもしてろよ
それでも ひとつの夜明けが待っている
 
さあ 海に向かって笑ってろよ さあ 海に向かって地下堀でもしてろよ
それでも ひとつの夜明けが待っている


割り込みchokudo7.12への応答
 
言葉に呪縛されているのではないか。あるいは概念に。
人間同士のお付き合いは、たとえ親子であろうと恋人同士であろうと、他人同士であろうと、肌と肌の触れ合いなのだとおもう。あるいは無意識のお付き合いといってもいい。
惚けてみえるおばあちゃんに手を振っておあげなさい。その瞬間的な関わりの深さに感動する、とくに疲れた精神にとって。瞬間的ゆえに。
存在がそこにある。オレの目前に。それを待ってた、おたがいに。求めていたのではなく、そこにあったということ。
言葉が刃になってる。言葉を越えたもの。それが海・・・。
 
 
割り込みチョクドー7.12への応答その2
 
老人と海。タイトルがいいね。譜面がないからいまひとつニュアンスが掴めないが、海は生命以前のもの、老人は死の淵からみた象徴的な人間像といえるからね。生命以前も死と直結しているっていえるし。生誕と死は実に魅力的なテーマ。宗教以前、神話以前の、素朴でかつダイナミックな生命体が躍動していた時代を想起させる。なんておもったりする。「生きてくれ生きてくれ生きてくれ」って誰に向かって叫んだのだろう、ボク。全文読みたいなあ、と。
 
Be here now.って言葉きょう出くわしました。この一言に尽きるっていうニュアンスだったとおもう。いろんな属性の中でぼくらは生きているけども、いろいろな解釈の中で息しているけども、まさに、いまここに、いると。
ぼくらの心身の核心に棲息するどんよりとした塊、それは抵抗できないほどにどろーんと漂う空虚感。悩むことすら空しい。他者を否定しても答えは棚に上げたままだし道なき道に答えはあるはずもない。生命以前のじぶんをぼくらは想像できるのだろうか。有機体としてのオノレをぼくらはどう感じているのだろうか。
そんな抑鬱症のような時代の中でぼくらは極めて困難な自立を求められるわけだが、ほとんどが我が身可愛さの倫理的な言葉か威勢のいい経済用語しか出てこない。言葉以前の人類たち、友達はたぶんそこにいるのかも。新曲はインスト+雄叫びだな。


割り込みChoKuDo 2022.7.12
 
昨夜、電話でも話したので、新鮮味はないかもしれないが、割り込みごめん。
 
 まず、僕の場合。親を足手まといとは思っていない(つもり)。共同作業を行っているわけでもなく、単に僕が勝手にやっているだけのことと言えなくもない。
ただ、面倒くさい、いかんせん、時間に追われる日々。介護上のルーティーンがあって、そのルーティーン以上のことが発生した場合、あるいは、僕自身が抱えるルーティーンを超えてしまった場合(介護と仕事の両立を目論んでいるため、仕事上、容量を超えてしまった、もしくは僕が疲れている、体調が悪い時など)、時には「いい加減にしろよ」と苛立つことになる(特に夜中のトイレなど)。
 
なぜ僕は施設入居をよしとしないのか。これについては何度となく考える。いずれは、施設入居を選ばなくてはならない時が来るだろうとは思っている。自宅介護を選択している理由については、以前にも話したことがあると思うので、ここでは省略。ただひとつ言えるのは、自分が自宅介護を可能とする生活をしているということ。仕事はさすがに半分諦めてはいるが(かといって諦め切れるものでもない)、辞める気はない。両立させてこそ意味があると言えば、かっこつけているだけか、あるいは見栄を張っているのか。
 
 関連して、ひとつ思うのは、施設入居をよしとする側へ引きずり込まないで欲しいということ。
「なぜ、施設に入れないのか」
 施設入居を選択した人がそう聞いてくる時、「おまえも入れろ」といったニュアンスを含んでいるケースが往々にしてある。施設入居にあたり、罪悪感、負い目、後ろめたさのようなものがあるのか(いや、あるのだろう)、その同調者になるべく誘い込むかのように。
 施設入居の是非については、保育園にするか幼稚園にするかといった問題と重なっているような気もする。専業主婦が多かった頃、保育園に入園させるのは、子供に不憫を強いるようなイメージがあり、専業主婦の集まりの中では子供を保育園へ入園させた母親は、ちょっと肩身が狭かったりもした。
 
 確かに、認知(判断)能力が衰えたとしても、本人はそれほど不自由には思っていないとも思う。物忘れで困ることはあるだろうが(認知能力の衰えと物忘れは異なる)。単に周囲が困っているだけだったりもする。
 意地悪く言うと、そこにつけ込まれ、介護事業、成年後見など、福祉という名のもとに、あくまでもさりげなく、金をむしり取られたりもする。
 
 ところで、電話で「一曲ぐらい、サービスで優しい歌、歌ったら」という話になった。
「優しい歌って、どんなんだ?
 うん、過去の音源であった。例えばこんな曲。
 
(クリックで再生)

 

 
 タイトルは忘れた。「老人と海」ではなかったことは間違いないが、今(今の年齢)なら、「老人と海」でもいいかもしれない。
無理を承知で 生きてくれ 生きてくれ 生きてくれ
 
 
以下、悪ノリ。
 
政治家になること、すなわちヒーロー。
めざせ、滝根のヒーロー小太郎。
正義不要、ウルトラKotaro
島を返せ、グンカングンカン。
プラトニウム、俺の庭に埋めろ、人間発電機。
 
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 駅近くの駐輪場の裏にある介護施設、いつもほぼ決まった時間に、道路に面した窓側のソファに、ひとりのお婆さんが座っている(あるいは座らされている)。気になるんだよなぁ。惚けた表情をしている。通るたびに、手を振ってあげようかとは思うのだが、そこまではできていない。自分の親だったら、どうだろう。
 
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 ああ、でもやっぱり足手まといということなのかな。ただ、負けたくない。自分よりもっと大変な人、頑張っている人がいる。たた、「ファイト」と言って、夏は水羊羹、冬は栗蒸し羊羹(できたら大っきな栗)でも差し入れしてくれれば嬉しい。


奇文症ー22.7.11
 
15日のライブ中止に引き続き、8月中旬に予定していた「地方巡礼ライブ」も取りやめにします。相棒がリタイアしたので車が手配できなくなったのと、まあ体調が俺の思うようにならないということですわ。この10日あまりで二度も熱中症になっちまった。一度は小太郎庵で午後歌ってて。もう一個は真っ昼間梅採ってて。注意すれば気づくことだが、これができないのだった。一週間以上声だしてなーい。18日にベーシストの宮本博太とライブ前の最後の練習なのでそれまでになんとかせにゃ。


雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
・・・
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
・・・・・
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
 
(宮沢賢治・昭和6年)

奇文症ー22.7.10
 
7月15日のライブは、熱中症のおそれがあるため中止します。あしからず。


奇文症ー22.7.6~10
 
7.2のchokudoへの応答
自分の脳内の劣化現象・変質・変異はすでに起きつつあるとおもっている。独り歩き、豹変、激情なども人との関わりの中でも、ひとりでいるときも、それなりの頻度で起こっているとおもう。俺ちょっとおかしいんじゃないかという認識は小さい頃から多発していたので、この年になって急に起こってきたわけではない。ただ最近狂気じみてきた気がしている。
そうなるとどうなるかと言えば、知り合いが減る。孤独の深度がすすんでいってる気がする。そしてそれを好ましくおもっている節がある。寂しくなっているわけではない。いつだって脳内で誰かと会話している。孤独であっても孤立しているという自覚はない。
認知能力が劣化していくと当人は何に困るのか。個内部としてはそれほど不自由ではないのではないか。問題は対人関係。まずは他人の場合。相手の尊厳を傷つけるほど異常に激怒したり。同年代の相手も、言葉尻だけかもしれないがキツい言葉が返ってくる。こっちの言葉もやけくそ気味だったりするので人のことはいえない。こういうケースはお互い相手のことを把握していない場合に起こる。気遣いが必要になってくる。そんなことも面倒になってるこっちが問題ではあるのだが。
 
親子の場合どうなんだろうか。他人の関係と血縁の関係を同じように見ることはできないとおもうが。いくら親しくてもたとえ家族でも相手の本心は簡単にはわかるものではない。親しき仲にも礼儀なのであろう。
 
たとえ精神的に異常であっても認知能力が低下し意識が混濁したとしても、自分は自分なのであってこのいまを生きているはずだ。自分が誰だかわからないということも、根源的な問いと紙一重ともいえる。自分は誰なんだ? 自分はどこから来てどこへ行こうとしているのか、ともいえるのではないか。そしていま現在自分はどういう人間になっているのか。それはひょっとしてなんとか掴めているのではないか。
大雑把にいえば哲学的な問いに肉薄している。呆けた表情をしていてもそれは哲学的な表情なのかもしれない。俺を知っているはずなのにいま目の前の俺に興味をもてないだけなのかもしれない。最近なってそうおもったりもする。
 
自分のことがわからない、名前すらわからない人たちの帰るべきところ、そこがどこなのか。迷った末たどり着くところ、それは年齢からくる認知能力の低下なのではなく、初原的な問いなのかもしれない。生まれた瞬間から人間に課せられた自問自答。そのためにこの世に出現しいち早くその問いを探し出すべき存在。そのために長命を与えられた存在。そのために多くの命を食らい殺めその罪ゆえに一生涯をその問いに捧げる、そんな存在といえるかもしれない。
 
子にとって親はまぎれもなく自分の最短のルーツである。にもかかわらず自分の親がどういう人間か、よくよくかんがえればわかっていない。じぶんの最大の理解者であるはずなのに、じぶんはその親のことを理解していない。興味をもっていない。興味をもつきっかけがない。親は自分という存在の前存在、おのれの根っこ、自分という歴史の始まりを決定した、生誕のきっかけを投げかけた存在、であろうとおもわれる。
親とは理不尽な生き物である。なんで俺を産んだんだ、なんて言われることすらある。子は親を選べない、なんてことを言われたりもする。じぶんの親がこの世に生存している時期に、子はその親を一体どういう人間かどういう生い立ちでここまで生きてきたのか、まともにかんがえたことがあるのだろうか。俺の体験でいえば親がこの世を去ってからだ。よくある話だ。もっと話をしておけばよかったと。やはり悔いが残る。時間とともに悔いは深まる。これは決定的な断絶なのかどうなのか。
親が子を捨てる場合がある。子も一定の年齢に達すれば親を捨てる場合だってある。さらに親が足手まといになれば生産性がなくなれば乳母捨て山(映画・楢山節考)が待っていた時代もあった。厄介者は捨てられるのか。子にとって親とは何か。親の尊厳とは。尊厳はないのか。子にとって重要なのは親という人間なのか人間としての親なのか。楢山節考の最後のシーン、老母は息子に乳母捨て山に連れて行くよう指示する場面がある。労働力としては役立たずさらには足手まといになるという自覚をもっている老婆は、自ら死に場所へ赴くのである。躊躇する息子を促してたどり着く場所が、生きている人間の捨て場なのである。親への敬意があるゆえ躊躇う息子の苦渋の表情に親と子の関係性があらわれている。覚悟の悲哀が表現されている。
 
僕たちがいま立ち尽くすしかないのは、社会的にも家族内的にも足手まといになっている親に対処するときの、こころの持って行き方がわからないからだろう。社会的に生きていてこんなことはわかろうはずがない。赤の他人に老いた親の面倒をみさせて子がすっきりするはずはなく、国家は制度としては面倒をみても、人の死を誠意をもって対処はできない。国家が介入してすっきりする問題ではない。家族問題、血縁の繋がりのもどかしさは、ひととひとがどう関わればいいのかという生存の根っこにある課題を、人生の早期にはっきりさせておくしかないようにおもう。人生の晩期になって気づいた場合はじぶんの人生をいま一度振り返るしかてだてはない。
 
人間とは何か、なのである。そしていま俺たちはどこに立っているのかなのである。結論がでないので止めます。
 
6日に書き出して途中から気が重くなり、5日間もボンヤリして、室内にいながら熱中症になったりして、ようやっと体調がもどりかかってます。


奇文症ー22.7.3
 
 連日高温度の部屋の中にいて(屋根はトタン、室温計なし、扇風機は2台ある)昼間はとても歌ったり演奏したりする気になれないので、夜7、8時ころから1、2時間ほどやってる。だいたい毎日。続けることで自分の声のイメージを持続できると思っているのだが。しかし暑さが徐々に増してきて声が思ったように出なくなっていることに気づいてはいる。しょぼい。29日もオグーのとこで録音したのだが声はまるでダメ。
そして30日、昼過ぎから歌い始めてしまった。これまずかったかもなあ。室温のことまるで考えてない。相手がいたからなおのこと何度もギアを入れ換え挑戦していくそんな感じだったと思う。熱中症直前状態ともいえる。
 自分の声のキーの上限が出ないときのストレスがあってきょうはダメだなとおもう日は練習自体を止めてしまったりしている。でもこの日は相棒がいたからかやりつづけてしまった。で俺はどうなったか。冷静には自分のキーの上限は捨てるべきだったのに、いけそうな錯覚の中にいたんだとおもう。相手もいま思えば朦朧としていたんだとおもう。俺は自分に集中してしまった。このところ不満だった声に直面し、そんな自分を否定したくなったのだろうなあ。
 いままでは自分の声のキーは、実存の延長線上にある、という言い方をすれば、この日は違う次元にスルッと突入してしまったのだ。あの瞬間の俺は果たして誰だったのか。とってもいやな奴になっていた。否定すべき現存在。吠えるように歌っていてそれを遮断されると、つまり言葉を見失うとただただ罵詈雑言に失墜していく。これは発作なのかともおもったし、俺は病気で血管と脳が頓挫してるのではないかとさえおもった。
 
 記憶なんて所詮曖昧なものだが、状態が悪ければ悪いほどそこにこだわったりもする。過去の自分の想念だったり自己像だったり、言語表現上の利便な自分だったり。
 人間は過去を生きたがる。それは記憶だ。いまここを、ここで生きてる、鼓動してるはず、でもこのいまを通して過去を語ってしまう。それをいまの自分だと思っているし過去を生きてるとはおもっていない。
 言葉ではない、会話ではない、そうではないじぶんという存在として常にいまここにいて間違いなく立ち尽くしている。声をだしてる唸っている吠えている飢えてる怒ってる喚いている。
 だから俺は歌っているのだ、ウタッテイルノダ。切れかかったあの瞬間、おれは、邪魔するなと吠えてたんだ、たぶん。長くなったのでもうやめる。


奇文症ー22.06.28
 
 地方巡業の旅に出ることにした。なぜ? 想像を超えることが起きるだろうという期待と、じぶんの力量の限界のひりひり感を浴びたいから、なんだとおもう。もうひとつ上に行きたいという願望というよりボロ雑巾であるじぶんのその時のあへあへの状況に沈殿したい。そうおもう昨今なのだ。ライブ同然のMAXでの歌練習の直後の倒壊感、その明くる日の死人のような壊滅状態が、いまの俺の平常心なのかもしれないのだ。それを許さない環境を、作為的かもしれないが、設定しようとしている、そんな破壊趣味をいま俺自身が求めている、ということなのでしょう。できればこのまま帰還したくない、そんな願望があります。腹上死的音楽感。音楽的自殺行為。むかし法政大学の講堂で観たいまは亡きスターリンのライブを思い出す。
 8月の10日前に郡山駅前のM&Jを皮切りに盆明けの20日ころ福島に帰還するつもり。相棒は岡庭次郎ことオカニワカオル。ギター・ピアノ・ハープ・ハイエースDR。ラストデイはオカニワのクレージーな自宅スタジオか小太郎庵かM&J、どうなるのか見当がつかない。ライブ会場の情報があればご連絡くださいませ。
 コースは、4号線、1号線、23号線から南紀へ、和歌山から京都、越前海岸を経て加賀へ。その沿道周辺ならどこへでも行くよ。予定では加賀からギターリスト拾って三陸道で一気に郡山へ。そんな感じだ。東京杉並では渋谷直道と合流し30年ぶりに新曲を垂れ流すかもしれない。     


奇文症ー22.06.24
 
あなたに絵画のある生活をお届けしたい
 
 昨日ギャラリー木楽のオーナー齋藤正蔵さんと会う。築260年の古屋敷に点在する主に絵画、オブジェなどの作品群を格安で売り払い、なるべく近い将来ここ三春町御祭にある一角を原始生活村にしたいという話を改めて拝聴する。元大工なので十分可能なプランだとはおもう。古材もふんだんに所持し、いまでも原始生活直前の生活を実践している人でもある。本格的な薪ストーブ生活者だし、囲炉裏もありしかも自ら作ったものだ。要は自給自足生活をしたくてたまらないがそれに付き合ってくれる仲間がほしいということだとおもう。
 周辺は森に囲まれふんだんに木々もあり、思う存分炭焼きもやっているし、燻製料理もやっている。山野草の宝庫でもあるし、筍などは県下一位の一品だろう。じつに柔らかいのだ。そこに多くの人間を巻き込みたいということみたい。フィーリングがあえば家も建ててくれそうだよ。少なくとも建て方は伝授してくれそう。おれたちも別荘兼スタジオをおねだりしようかなとおもっとります。
 んで問題は将来の展望よりも目前の一見売れそうにないお荷物な絵画たちなのです。難しいのは趣味で描いた、どってことのない油絵かな。木工品は多種。骨董品もあるし、和ダンス、古い陶器、農機具、盆栽類、など多彩。問題は油絵。値段の予想がつかない。
で、思いついたのがオークション。バーゲンセール期間を7月30日(土)~10月30日(日)とし、オークション日を8月下旬、9月下旬、10月下旬の計3回設ける。その日をイベントの日として他の催しも併設する。フリーマーッケットやライブや。
 一応現段階で、オークション日は、
 8月27日~28日
 9月24日~25日
 10月29日~30日
 すべて土日です。以上。


奇文症ー22.06.18
 
友人へのメール
 
 へんてこ文章とメッセージと、歌詞と、それに基づいたメロディーと、その音源と、写真を纏めた塊と、それに基づいた本作りと、それらの総まとめとしてのイベントあるいは個展・企画展。そういった一連のうねりをのようなものを、小太郎庵という名の建物全体を使って行動していく。そんな感じだとおもう。行動力・実践力が肝かな。坊主になるのも政治家になるのも、ジョークだが、本気なのだということかな。通じるかどうかわからんけどもやってみるということかな。


奇文症ー22.06.15
 
 12日、小太郎庵にてライブ。郡山のバンドとjoint。この日は総勢22名。リハ10時。1時開演で終了が6時。盛況だったし新しい人たちともまぐわったし、それなりの充足感もあったし演奏的な密度も低くはなかったしで、よかったとおもうのだが、しかし疲れたよ。明くる日椅子に座ったまましばらく立ち上がることができない時間帯があった。しばらく眠っていたような気もする。昼間なのに泥のような心身状態にあった。さらにその翌日の身体の重さといったらなかった。こんな状態の身体を放置したら死ぬなと感じたので無理矢理畑へ出て草取りをやり追肥をやり苗を植えた。疲れが加速する感じもあったが総じて楽になった気もする。しかしライブ後三日目の今朝起き上がるのを拒否する身体がそこにいる。むち打つという感じではないが眠っていたい、そう思ったのは事実。そうやって時間がかかるが肉体が蘇生していく感覚はとても好きだ、しんどいけど。今夜も新曲を作るつもりだ。


奇文症ー22.06.09
 
 このHPでこれからやりたいことのラフを手書きで書き直してみた。見てみてくださいませ。
 ギャラリー展開をやめてから25年経ったことが最近わかった。95年に立ち上げ97年に終了したことも最近わかった。ずっと資料を見ることもなかったので、いつ止めたのかいままで漠然としていてはっきりしていなかった。25年という時間が経過していたのだ。再開は可能か。ただ小太郎庵にとって不可欠な要素ではあるな。
 一ヶ月ほど前からHPに手を出し始めた。デジタルにそれほど興味をもてないままずっと生きてきてしまったので、いろんな人の手を煩わせている。ただ、ほぼ毎日写真を撮ったり文章を書いたりという作業は、アナログ作業と原則変わらないとおもう。原稿書きは原則として手書きにしているし、その上でキーボードを叩いている。手書きの文字原稿をカメラで複写してそれを掲載している。読みにくいという欠点は否めないが臨場感は出るとおもう。それが特色になればいいのだが。
 やりたいことすべきことは山ほどあるが、企画のラフを見るかぎり出揃うのに数年はかかるとおもう。皆様方の長寿を願わざるをえない。まあ俺もだが。


奇文症ー22.06.05
 
 いろんなことを思ったり色々書いたりしゃべったりと、24時間のなかで何度も何度も繰り返されるが、所詮妄想自意識過剰の域をなかなか出られるものではない。相当鋭く本気百倍でないと他者に届けられるものではないと思うが。HPをスタートしてからというもの人と関わる機会が何となく増えたしひとりでボーッとする時間が減ったなあ。本読む時間も。
 目指すのは四畳半の革命者なのだが、このままでは国会議員になるのが関の山。格好悪。政治家になるのは(小林小太郎を政治家にするプロジェクト進行中)ジョークだが、やるからにはコテンパンにやりたい。瓢箪から乳首なのだ。よろしく愛執。